ウイグル人女性、中国の強制収容所での生と死を語る

再教育収容所の一つで抑留されたウイグル人女性によると、中国の収容所で、イスラム教徒が大半の抑留者たちは残忍な拷問を受けている。彼らは、記憶喪失と不妊を引き起こす薬を服用することを強制されている。女性たちは他の囚人の前で看守たちに強姦されている。

中国が長い間、存在を否定してきた強制収容所の状況は、被収容者たちを「魂のない肉体」に変えることだと、サヤグル・サウトベイはハーレッツに語った。

A group of people believed to be Uighur Muslims at a train station on the way to a re-education camp.

服役囚たちは、豚肉を無理やり食べらせられる金曜日まで(豚肉を食べることはイスラム教では禁止されている)飢えに苦しんでいる。彼らは「私は習近平を愛している」などの政治的スローガンを学ぶのに多くの時間を費やしている、とサウイトベイは言った。

現在収容所の存在を認めながらも、この収容所を「職業教育訓練センター」と呼ぶ中国は、2016年の一連のテロ攻撃を共産党政府が責任をイスラム過激派に負わせた後にウイグル人に対する弾圧を開始した。

サウトベイは、政府当局が2016年末にウイグル人からDNAサンプルを採取し始め、携帯電話のSIMカードを没収し、あらゆる地域に監視カメラを設置したとハーレッツに語った。

このウイグル人女性は、2017年に、隣国カザフスタンに住んでいた夫と子供をめぐって警察に繰り返し逮捕され尋問を受けたと語った。

43歳のサウイトベイは、2017年11月に拘束され、中国語を教えるために収容所の一つに強制的に連行されたと語った。

サウイトベイは、彼女が仲間の服役囚たちに中国語を教えるという誓約書に署名することを強制された。従わない場合の罰則は死であったと語った。

「この文書には、他の囚人と話すことを禁じ、笑うことを禁じ、泣くことを禁じ、誰からの質問に答えることを禁じると記されていた」と、サウイトベイは言った。

「選択の余地などないため、私は署名し、その後、囚人服を受け取り、コンクリートベッドと薄いプラスチックマットレスがある小さな監房に連れて行かれた。天井には各隅に1台づつ、中央に1台、計5台のカメラが設置されていた。」と語った。

サウイトベイによると、彼女の監房は、他の囚人たちの状態に比べれば、豪華なほうであったという。

彼女はハーレッツに、被収容者20人がトイレの代わりの一つのバケツが置いてある縦50フィートで横50フィートの部屋で寝ていたことを説明した。

囚人たちは毎日午前6時にベッドから引っ張り出され、ライスか、野菜のスープと一切れのパンを与えらたと、サウイトベイは言った。

彼らは中国語の勉強を含める授業、プロパガンダの歌を練習、共産党を賛美する政治的スローガンの連呼を繰り返し強要された。

服役囚たちは、中国語や文化的伝統を知らないという罪を「告白」するこのとを強制された。それを罪だと考えられなかったり、でっち上げたりする者は罰せられた、とサウトベイは言った。

夕食後、「この生徒たちは壁に向かい手を挙げて立たされ、自らの罪について再度、自省させられた」と付け加えた。「夜10時には二時間費やして罪を書面に書かされ、責任者に渡した。」

サウトベイは、「この日常活動は実際に、真夜中まで続き、時には囚人が夜間の看守の任務を割り当てられた。他の囚人は真夜中から6時まで眠ることができた。」と続けて語った。

強姦と集団レイプは、女性囚人に対しての武器として頻繁に使用された。35歳未満の女性は、夜に看守の宿舎に毎日のように連れて行かれ、朝まで戻ってこなかったと、サウトベイは言った。

ある出来事は、広場に連れ出された200人の囚人の前で1人の女性が呼び出され、「罪」の告白を強要させられた後、看守達が並び、次々と彼女を強姦し、残りの囚人たちに無理やり見せしめた。

「この女性を強姦している間、看守達は私たちがどのように反応しているかをチェックしていた。横を向いたり、目を閉じた人、怒ったり、ショックを受けた人は連れ去られ、そして彼らを二度と見ることはなかった。」と言った。

糖尿病などの持病を抱える囚人たちは、彼らの薬を取り上げられ、代わりに、病気やエイズから守るためだと看守たちが言う謎めいた錠剤と注射を受けた、しかし、ザウトベイはこれが医学的人体実験であったと確信する。

この治療を受けた人たちは、記憶力の衰えを経験し始め、そして勃起不全不能か不妊症に陥ったと、語った。

サウイトベイは、2018年3月に収容所から釈放された。しかし、釈放からわずか3日後、海外の誰かと連絡を取っているとの容疑で告訴され、一般囚人と同じ収容所に投獄され、そこで3年間監禁されなければならないと告げられた。

サウイトベイはこのままでは死ぬしかないと確信して、カザフスタン国境に逃げ出し、そこから家族と再会することができた。彼女はカザフスタンで3回亡命を拒まれたが、今年の6月、スウェーデンに亡命が認められ、現在は夫と2人の子供たちと共に暮らしている。

「私は収容所を決して忘れない」と彼女は言った。「囚人たちの瞳を忘れることができない。彼らの瞳は私が何かすることを待ち望んでいる。彼らは無実だ。私は彼らのストーリーを話さなければならない、すなわち彼らが押し込められている暗闇について語り、彼らの苦しみについて話さなければならない。私の民族が平和に暮らせるように、世界は解決策を見い出さなければならない。」

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